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青森地方裁判所 昭和31年(行)17号 判決

原告 鈴木[禾農]

被告 青森地方法務局長

訴訟代理人 対島秋夫

主文

原告の本訴請求中被告に対し仮登記抹消登記の抹消登記手続を求める部分(請求の趣旨(二))はこれを却下する。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「(一)被告が昭和三十一年八月二十七日附で原告の青森地方法務局深浦出張所登記官吏安田長之進の処分(右登記官吏が別紙目録記載の土地の所有権移転登記請求権保全のための仮登記抹消通知に対する原告の異議申立を却下した処分)に対する異議申立を却下した処分を取り消す。(二)被告は原告に対し別紙目録記載の土地につき右登記官吏が昭和三十一年七月九日なした抹消登記の抹消登記手続をなせ。(三)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

(一)  久六島は、かつて明治二十四年四月青森県知事の地籍編入処分により青森県の一部となり同県西津軽郡深浦町大字艫作字久六島無番地として深浦登記所(現在青森地方法務局深浦出張所)に登記せられたことがありこれは同庁に久六島台帳の表紙が現存することからも明らかである。しかるに、明治二十五年青森県知事は大蔵省の訓令により右処分を取り消したので以来右久六島は帰属不明の無主物となつたが、同島が日本海沿岸漁場の中心地であるところから青森、秋田両県は同島を重視し、ともに内閣その他に対し猛運動を試みその帰属を争つて来たが長らくその帰属の確定を見るに至らなかつた。そこで原告は昭和二十七年一月七日青森地方法務局深浦出張所に対し右久六島につき「所有権移転登記請求権保全のための仮登記」を申請したところ、右出張所登記官吏は右久六島の地理的条件及び沿革、青森県下漁民の要望その他諸般の事情を勘案し同島を青森県西津軽郡深浦町沿岸地域に存在するものと認定して即日同出張所受附第三号を以て右申請を受理しその旨の台帳を作成した。

(二)  ところがその後右出張所登記官吏の後任者である安田長之進は前記青森、秋田両県の紛争の渦中に引き入れられることをおそれ又、外部の圧迫にも屈して昭和三十一年六月四日原告に対し前記仮登記は無効であるとしてこれを職権で抹消する旨通知した。そこで、原告は同月十八日右通知に対し異議を申し立てたが同登記官吏は同年七月九日右異議を却下し同時に右仮登記を抹消したので、更に、同年七月十六日被告青森地方法務局長に対し右登記官吏の却下処分につき異議を申し立てたが同年八月二十五日右異議もまた却下された。しかしながら既に正当な手続によりなされた登記の有効、無効は利害関係者のみが裁判を以て確定すべきものと思料せられるところ、右登記官吏安田長之進は叙上の判断を誤り原告に対し右仮登記抹消の通知をなし、右通知に対する原告の異議を不法に却下したのであるから、右登記官吏の処分は違法であり従つて右処分を支持し原告の右処分に対する異議の申立を却下した被告の決定も違法不当な処分として取消を免れない。よつて、原告は被告に対し請求趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴に及んだ。

と述べた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中青森県知事が原告主張の頃、久六島(青森県西津軽郡深浦町艫作沖、北緯四十度三十一分東経百三十九度三十分附近に存在)につき一旦、地籍編入手続をしたが(登記されたことは否認する)その後右手続を取り消したこと、青森、秋田両県の間に右久六島の帰属につき紛争があること、原告が右久六島につきその主張の頃主張のような仮登記申請をなしその旨の登記を了したこと、その後青森地方法務局深浦出張所登記官吏が原告主張の頃原告に対し右仮登記抹消の通知をなし、原告がこれに対し異議を申し立てたが、同異議を却下し、同時に右仮登記を抹消したこと、原告は更に被告に対し右登記官吏の却下処分につき異議を申し立てたが右異議をも却下したことはいずれもこれを認めるが、右登記官吏の仮登記抹消の通知及び右通知に対する異議を却下した処分並びに右登記官吏の却下処分を支持し原告の異議を却下した被告の決定には何等の違法は存在しない。即ち、右久六島は行政区画上所属未定地であつて、そのため青森、秋田両県の間に同島の所属に関して争いが存在していたところ青森県知事は昭和二十六年十月二十八日同県告示第六百二十一号(青森県報号外昭和二十六年九月二十八日発行)を以て右久六島を昭和二十六年十月二十九日から同県西津軽郡深浦町の区域に編入する旨の告示をなし同時に青森地方法務局長宛右久六島の編入手続を通知した。次いで原告は右法務局深浦出張所に対して右久六島を青森県西津軽郡深浦町大字艫作字久六島無番地雑種地二畝十五歩としてその主張のような仮登記申請をなしその旨の登記を得たものであるが、右告示当時、所属未定地の編入手続は法律で定むべきものとされていたのであるから法律によらない右編入手続は無効な処分で従つて右久六島は依然所属未定地として深浦出張所の管轄に属しないことが明らかであるから不動産登記法第百四十九条の二、 第一項によつて職権を以て抹消せられるべきものであつた。そこで右出張所の登記官吏安田長之進は昭和三十一年六月四日(同月十一日とあるは誤記と認む)前記法条に基き原告に対し、同年七月三日までに異議の申立のないときは本件仮登記を抹消する旨を通知し、これに対する原告の異議の申立を却下したうえ右仮登記を抹消し、又被告が右登記官吏の却下の処分に対する原告の異議申立を却下したのであつて、この点に何等の違法はなく、原告の本訴請求は失当として棄却せられるべきである。と述べ、立証として、乙第一ないし第八号証、第九号証の一、二を提出した。

理由

先ず、職権を以て原告の本訴請求中その請求の趣旨(二)に関する訴の適否について案ずるに、原告は被告に対し別紙目録記載の土地に対する仮登記の抹消登記の抹消登記手続を求めているが裁判所は法律に特別の規定のある場合を除き行政処分が違法であるかどうかの判断をなし得るに止まり、自ら行政庁に代つて処分をしたのと同様な効果を生ずる判決をしたり、行政庁に対して特定の行為又は不行為を命じたりすることは三権分立の建前から本来許されないものと解すべく、しかして裁判所において登記官吏に対し右抹消登記の抹消登記手続を命じ得るような規定は存しないから原告の右請求は不適法として却下を免れないものといわなければならない。

次に原告の異議申立を却下した処分の取消を求める請求の当否について判断するに、久六島(青森県西津軽郡深浦町艫作沖、北緯四十度三十一分東経百三十九度三十分附近に存在)が所属未定地であつて青森県知事が明治二十四年四月これにつき一旦地籍編入手続きしたが明治二十五年右手続を取り消したこと、青森、秋田両県の間に右久六島の所属につき紛争が生じたこと及び原告が昭和二十七年一月七日青森地方法務局深浦出張所に対し右久六島につき「所有権移転登記請求権保全のための仮登記」の申請をなし同出張所登記官吏が昭和二十七年一月七日受附第三号を以てその旨の登記をなしたこと、その後同出張所登記官吏安田長之進が昭和三十一年六月四日原告に対し職権で右仮登記を抹消する旨を通知し、これに対し同月十八日異議を申し立てたが同年七月九日これを却下し、同時に右仮登記を抹消したこと及び原告が更に同月十六日被告に対し右登記官吏の却下の処分につき異議の申立をなしたが同年八月二十五日決定を以て右異議をも却下されたことは当事者間に争がなく、いずれもその方式並びに趣旨により真正に成立したものと認めることのできる乙第三、第四、第六、第八号証、第九号証の二の記載を綜合すれば、右仮登記は青森県知事がなした所属未定地久六島を昭和二十六年十月二十八日から同県西津軽郡深浦町の区域に編入する旨の昭和二十六年九月二十八日附同県告示第六百二十一号により右久六島の所属が決定せられ右法務局(深浦出張所)は同島につき管轄を有するに至つたとの見解の下に受理したものであつたところ、その後に至り前記安田長之進は、右青森県知事の土地編入手続は地方自治法第六条に違反する無効な行政処分であつて、同島の所属を決定する効力がなく、従つて同島は依然、所属未定地として右法務局(深浦出張所)の管轄に属しないものとして不動産登記法第百四十九条の二第四十九条第一号により原告に対し前記のとおり右仮登記の抹消通知をなし、右通知に対する原告の異議の申立についても右と同じ見解でこれを却下したうえ右仮登記を職権で抹消し、被告は右登記官吏の却下の処分に対する原告の異議申立を原処分と同じ見解で却下したことを認定することができる。

原告は既になされた所有権保存の仮登記の無効たるや否やは利害関係者のみが裁判をもつて確定すべきものであつて登記官吏の権限外に属するとし右安田長之進のなした仮登記抹消処分等の違法を主張するものの如くであるが、不動産登記法第百四十九条の二によれば登記官吏は登記を完了したる後においてもそれが当該登記所の管轄に属しないことを発見したるときは所定の手続を経て職権でその登記を抹消すべき権限と義務を有するものであることが明かであり同人は右の法条に基き原告の右仮登記申請事件を管轄に属しないものとし、本件仮登記を抹消したものである(その登記自体を無効視したことに因るものではない。)ことは前に認定したとおりであつて、しかも昭和二十七年法律第三百六号による改正前の地方自治法においては本件久六島におけるが如く従来地方公共団体の区域に属しなかつた地域の都道府県えの編入に関しては法律で定めるべきものとされていたことは右の同法第六条第七条の規定に徴して疑のないところであるから、かかる手続によらない前叙青森県知事の告示のみによる行政処分によつてはその帰属を決定する効力がなく、従つて同島は依然所属未定地として深浦出張所の管轄に属しないものといわなければならない。されば右登記官吏のなした仮登記の抹消異議申立の却下並びに同処分に対する原告の被告に対する異議申立を理由なしとして却下した被告の却下処分はいずれも正当であつてその間何等の瑕疵を包含しないものと解すべきである。原告の被告に対する右却下処分の取消を求める請求は理由がない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木次雄 宮本聖司 高瀬秀雄)

目録〈省略〉

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